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“日常の中のちょっとした高級感”を感じてもらいたい。「メルティーキッス」が華やかなパッケージデザインを守り続けてきた理由

2025年で発売から32周年を数える、冬期限定のチョコレート「メルティーキッス」。その期間限定品である「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」のパッケージデザインが、日本パッケージデザイン大賞2025の特別審査員賞を受賞しました。

金の彫刻箔押しやシルバーのメタリック紙といったラグジュアリーな特殊加工や、裏面や側面に描かれたコピー。その細部にまでこだわったパッケージにはファンが多く、デザイナーをはじめとした多くの人から注目を集めてきました。

今や冬の訪れを知らせる風物詩の一つとして定着した同商品ですが、そのデザインは時代の流れを反映しながら、少しずつ変化を遂げてきています。

今回は、約20年にわたって「メルティーキッス」のデザインを担当している(株)明治の井田 紀美子と、有限会社小川裕子デザインの代表を務める小川 裕子さんに加え、日本パッケージデザイン大賞2025の審査員で、長年「メルティーキッス」の大ファンであるという津田 淳子さんをお招きして、「メルティーキッス」のパッケージデザインの魅力や制作秘話を語ってもらうことに。

特別審査員賞を受賞したデザインについてお話を聞くうちに、話題は歴代の「メルティーキッス」のパッケージデザインの話へ。32年にわたり愛され続けてきた同商品の変遷をひもときます。

【プロフィール】
小川 裕子
パッケージデザイナー。デザイン会社で4年間の修行を経て26歳で独立。
その後、有限会社小川裕子デザインを設立。パッケージデザインを主としながら多様なプロジェクトに携わる。

津田 淳子
編集者・デザインのひきだし編集長。1974年神奈川県生まれ。編集プロダクション、出版社を経て、2005年にグラフィック社入社。2007年『デザインのひきだし』を創刊する。
デザイン、印刷、紙、加工に傾倒し、それらに関する書籍を日々編集中。

井田 紀美子
(株)明治 価値創造戦略本部 商品開発改革部 デザイン戦略G アートディレクター。製紙包材メーカーでデザイナーとして勤務後、1999年より現職。「メルティーキッス」をはじめ、「明治ザ・カカオ」や「明治ブルガリアヨーグルト」などのパッケージデザインを担当。

“いつものメルティー”に季節限定のフレッシュさを

――今回「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」が特別審査員賞を受賞した、日本パッケージデザイン大賞とはどのような賞なのか、教えていただけますか?

 

小川 日本パッケージデザイン大賞は、パッケージデザインの向上を目指して1985年から隔年で開催されているコンテストです。直近2年間に発売されたものが応募対象になっていて、約1,000点の作品の中から大賞・金賞・銀賞・銅賞・特別審査員賞などが選出されます。
審査員は主催の公益財団法人日本パッケージデザイン協会の会員審査員と、協会が指名した外部審査員15人ほどで構成されています。津田さんはその外部審査員の一人として、「メルティーキッス」(以下、メルティー)のデザインを推してくださいました。

津田 私はリッチなパッケージデザインのチョコレートが大好きで、今回の審査員を務めることになる以前から、素晴らしいと思いながら毎年見ておりました。審査会場で小川さんにお会いして、メルティーのデザインを手掛けられている方だと知ったときに思わず話しかけてしまったほどです。

――津田さんは『デザインのひきだし』の編集長として、日頃からさまざまなパッケージデザインをご覧になっていますよね。メルティーのどのようなところを評価されていたのでしょうか。

 

津田 私は仕事柄、さまざまな商品の紙や印刷、加工方法をチェックすることが多いんですね。ひと昔前のスーパーやコンビニのチョコレート売り場はキラキラした宝の山で、板チョコにも金の箔が押されていた時代もありました。ただ、最近はコスト削減のためか、箔押しから印刷に、紙からビニールにと、素材や加工方法がよりリーズナブル志向になってきています。
ちょっと寂しいなと思いながら見ている中で、今回特別審査員賞に選出した「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」は、往年のきらびやかさを守り続けている。審査員の方の中にはサラッと講評する方がいらっしゃる中で、私はメルティーへの愛をめちゃくちゃ熱く語ってしまいました。

小川 会場の後ろでお聞きしていて、うれしくて泣きそうになってしまいました。

――「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」は、どういった点を意識してデザインされたパッケージなんですか?

「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」

井田 メルティーは冬期限定の商品で、冬が来るたびに「今年もメルティーの季節が来たな」と楽しみにしてくださるお客さまがたくさんいらっしゃいます。ただ、年を重ねるごとに店頭に並ぶのが当たり前になり、気付けば買った気になっていながら実は手に取っていなかった、というお声を聞くことが増えてきました。
そこで、メルティーにフレッシュさを感じて、良さをあらためて知っていただきたいという思いを込めて、通常のラインナップとは違うアプローチの商品をいくつか出させていただいております。今回、特別審査員賞をいただいた「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」は、そんなお客さまの入り口の役割とともに、インバウンド需要も高まる中、また台湾への販売も想定して和素材で展開した商品です。

小川 「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」はそうしたご意向から生まれたので、デザインに落とし込む際には「鮮度感」を重視しています。
たとえば、通常のラインナップの場合は、お客さまに「いつものメルティーが帰ってきた!」と思っていただく必要があるので、既存のメルティーのイメージからは離れられません。一方で、「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」は“メルティーらしさ”の核は守りつつも、これまでになかったカラーやモチーフを取り入れるようにしています。

「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」の側面①

通常品と見比べていただくとわかると思うのですが、「どの面から見ても楽しい」と思ってもらえるように、天面や側面、裏面にもシズル感が出るようにかなり気を遣っているんですよ。
また、通常のメルティーのデザインは私が担当しますが、メルティー新味箱(期間限定品)の担当者は決めていないんですよね。社内のデザイナーの中で最もフレッシュなデザインを出せそうな人にお願いしたり、社内のデザイナー全員が参加するコンペ形式にして案を持ち寄ってもらったりと、人選も工夫しています。

――新味箱(期間限定品)のパッケージは、通常ラインとはまた別の視点から遊び心や心遣いが細部にまで行き届いているんですね。

小川 今回担当したデザイナーからは「“メルティーらしさ”を保った上で、新味箱(期間限定品)の特別感を出すこと。さらに海外の方にも抹茶の上質さやおいしそうな雰囲気を分かりやすく伝えることを意識しました」というコメントをもらっています。
私もインバウンドを意識した商品であることを踏まえて、海外の方にもわかりやすい日本らしさを表現できたところがよかったと思います。実はこのパッケージはよく見ると、ただの白じゃなくてうっすら石の質感が出ているのが分かりますか? 背景に石臼の写真を使うことで、石庭のようなイメージを表現しているんですよ。

「メルティーキッス石臼挽き香り抹茶」の側面②

井田 たくさんの商品が店頭に並ぶ中で、これがどんな商品なのかがお客さまに瞬時に伝わるようなデザインにしたいと伝えたところ、背景に石臼の写真を取り入れてくださいました。その見え方をベースに、より伝わりやすい抹茶の器と液面のデザインにしていただいています。自分だけでイメージしているとどうしても凝り固まってしまうので、皆さまのアイデアをお借りして、表現を詰めています。今回はこれまでになかった新しさが感じられるデザインに仕上がり、社内でも好評でした。

販売終了の危機を乗り越え、売り上げをV字回復させた“甘く華やかな”デザイン

――そもそもの話になりますが、メルティーはいつから発売されているのでしょうか?

井田 実は今年で32年になるロングセラー商品なんです。私がメルティーの担当になったのが約20年前で、小川さんと最初のお仕事をさせていただいたのが入社して3~4年目ぐらいのときでした。
着任した当時の通常ラインナップはショコラだけだったのですが、いちごや抹茶の新フレーバーを出すにあたって小川さんにデザインをご依頼させていただきました。

歴代のパッケージデザイン

小川 最初にメルティーのお仕事をいただいたときは「メルティーのパッケージデザインをやっていいんだ」という純粋な喜びでいっぱいでした。

津田 私がメルティーのデザインに注目し始めたのも、ちょうどその頃だったと思います。当時はまだ他にも高級感のあるパッケージのお菓子が多かったのですが、お菓子のパッケージが全体的に簡素化されていく中で、メルティーの存在感が年々増している印象ですね。
それは紙や印刷のデザインに触れる機会が多い私だけではなく、一般の消費者の方にも伝わっているようで。SNSでメルティーのデザインについて発信し始めたのは10年ほど前からなのですが、投稿するたびに何十万ビューにもなるんです。


私はメルティーを見つけると全種類をパッケージ買いして、食べきれない分を会社の後輩や友人に配っているのですが、そうすると彼女たちは「メルティーって高級感のある良いチョコレートですよね」と言うんですよ。
私は「ここが三角彫りになっていて……」などとマニアックな視点で見ていますが、専門的な加工方法が分からない方でも、メルティーのリッチな雰囲気はしっかり伝わっているんだなと感じますね。

小川 細部へのこだわりが、一般の方にまで届いているのはうれしいですね。

――小川さんが20年前に依頼を受けた当初は、どのようなことを意識されてデザインされたのでしょうか?

小川 「メルティーキッス」というネーミングには「とろけるようなキス」といった意味が込められていますよね。この甘いタイトルにふさわしいストーリーが欲しくて、パッケージ中央にあるチョコレート2つをカップルに見立てて、雪の中で2人が見つめ合っているような絵をイメージしました。

2004年のパッケージ

津田 そう言われてみると、恋人にしか見えなくなってきます!

小川 メルティーオリジナルの雪の結晶を作るところにもこだわりました。抹茶の粉のように、雪の結晶がさりげなく入ってくると、単なる「抹茶味のチョコ」ではなく、ニューフェイスの抹茶味にもメルティーらしさを感じていただけるのではないかと。
ショコラ1種だったメルティーにいちごと抹茶の2種が仲間入りするので、できるだけ華やかな雰囲気になるように意識しました。

井田 おかげさまで売り上げが爆発的に伸びたんですよね。今だからお話できますが、この年に売り上げが回復しなかったら、メルティーはなくなるかもしれないと言われていたので、心からホッとしました。

 

小川 これを機に高級路線をさらに強めていったんですよね。ちょうどこのころにビターチョコレートブームが起きたこともあり、翌年は全体的にダークな印象にしようと黒い帯を引いてみました。

井田 これまでにメルティーの競合商品に地位を脅かされそうになったこともありました。そこで、あらためてメルティーの

・淡いクリーム色ベース
・シズルのセピア
・ロゴと雪の結晶の金

で構成されている、お客さまにとっての「発売当初に近い印象」を大事にして、リニューアルを行ってきました。
30周年を迎え、これからのメルティーの姿をより研ぎ澄ませるために、2023年のパッケージは世界観の中に質感を感じる、粉雪のような繊細な印象を表現いただいています。

2023年のパッケージ

小川 このときに箔も細かくしたことで、より繊細な印象に仕上がっています。

井田 メルティーはとにかく、小川さんをはじめとしたデザイナーさんが楽しんで作ってくださるんです。なので、最初にあれこれとオーダーをして、可能性を狭めてしまうのはもったいない。最初の打ち合わせでは、お菓子の簡単なスペックや、想定している売り場の展開などについてお伝えしますが、比較的自由に考えていただくことが多いかもしれません。

パッケージのコストダウンで、メルティーの価値を知った

――長年にわたってメルティーの担当を務める中で、パッケージの転換点になったと感じる出来事はありましたか?

井田 弊社に限らず商品づくりには常にコストの話が付いてまわります。2013年には箱の紙取りをより良くしてコストダウンを図れないか、という相談がありました。企業として利益を上げなければいけない事情は理解していたのですが、紙取りを良くしようとすると、箱を開けたときに額縁がつく仕様になっていたものをやめなくてはならない。ふたの開け方を変えると、ロゴの大きさも必然的に小さくしなければならない。いろいろと悩んで最後まで反対したのですが、当時の状況を踏まえてやらざるを得ないという結論でした。

2013年のパッケージ(右)は箱の仕様も大きく変わった

小川 実際に、パッケージのコストダウンをしたことによって、売り上げが落ちたんですよね。

津田 やはり皆さんはパッケージデザイン込みで、メルティーをとらえていらっしゃったんでしょうね。

井田 コストダウン直後に売り上げが落ちたことで、お客さまがメルティーに感じてくださっている価値がなんなのかを改めて実感しました。宝石箱のようなキラキラしたイメージを守り続けていかなければと思いましたね。

小川 そうした経緯もあって、2014年には元の箱に戻すことになりました。その際に、ロゴを以前よりも大きくしたんですよ。雪の結晶にも箔を入れるようにして、2017年にはロゴをさらに大きくして……とだんだん豪華にさせてもらいました。

津田 まさに私はこの2014年のデザインがお気に入りでした! 正直なところ、特色の箔押しはかなりお値段が張りますよね?

2014年のパッケージ。紫の箔押しがされている

小川 そうなんです。パッケージデザイン業界全体にいえることですが、こうした特色の箔押しを使えるシーンは年々少なくなっている印象です。

津田 でも、紙を少しでも減らしたいという声が社内から上がったということは、コストをできるだけ下げたいという企業としての意向はやはりあるわけですよね。そんな中でなぜ、メルティーは豪華であり続けられるのでしょうか。

井田 お客さまがメルティーに感じてくださっている価値は、“日常の中のちょっとした高級感”だと思うんです。ショコラティエで買う数千円のチョコレートではなく、スーパーやコンビニで自分へのご褒美として手軽に購入できるというポジションなので、そこは会社としてもチームとしても、すごく大事にしています。なので、そうしたお客さまが感じてくださっている価値を無くしてまでコストダウンするという考えは今はありません。

2019年のパッケージ

ただ、華やかにするために価格転嫁をするのは本末転倒ですよね。今はチョコレートの原料であるカカオの価格高騰によってとても厳しい状況ですが、華やかな印象のパッケージはそのままに、できるだけ価格を上げずに済むようコスト削減に取り組みたいと考えています。

生活の中でちょっとした幸せを感じてもらえる存在であり続けるために

 

――津田さんは今後のメルティーにどのようなことを期待されていますか?

津田 このご時世でも、お手軽に買えるのにリッチな気分にさせてくれるメルティーの存在はありがたいですよね。生活の中でちょっとでも豊かさを感じることは生きていくうえでの幸せの1つだと思うんです。素敵なパッケージを通じて、そうした幸せを届けようとしていることは消費者の方たちにも伝わると信じているので、メルティーにはぜひ今後もきらびやかなパッケージで世の中に幸せを届けてほしいと思っています。

――津田さんの言葉を受けて、メルティーのパッケージデザインに長年携わってきた井田さん、小川さんの今後の抱負をお聞かせいただけますか?

井田 実は来期からメルティーのブランドを後輩に引き継ぐことになっているのですが、メルティーの担当者たちがこれまで大事にしてきたことや、お客さまに伝わっているであろうメルティーの“財産”をしっかり引き継いでいきたいなと思います。これからもデザインは小川さんにご依頼させていただくので、安心して任せられそうです。

小川 新しいご担当者の方とご一緒させていただく中で、メルティーの新しい一面が見えてくるのではないかと期待しています。これまで井田さんをはじめとした方々が大切にしてこられた“メルティーらしさ”を守りつつも、新たな顔を発見できるよう、私も弊社のスタッフとともに、これからも楽しく取り組ませていただきたいです。